日本での活動初期、彼らは「韓国からのゲスト」ではなく、一人の新人J-POPアーティストとして下積みを重ねた。泥臭いライブハウス回りを経て、頂点へと上り詰めるスピードは凄まじかった。しかし、その裏側にあったのは、移動と収録に追われ睡眠時間すら削られる極限状態だ。
日韓を行き来する殺人的な日常のなかで、体調は常に限界近くまで追い込まれていた。それでもステージに立てば完璧なパフォーマンスを披露し続けた。日本最高峰の晴れ舞台であるNHK紅白歌合戦に出場を果たした瞬間も、興奮の陰には疲弊しきった心身があったという。売れれば売れるほど自由を失っていく現実。全盛期のまばゆい光は、あまりにも深い影を落としていた。