2001年、映画『時の香り〜リメンバー・ミー〜』の主演で本格的に俳優デビューを果たした斎藤工ですが、華々しいモデル時代とは裏腹に、役者としての道は極めて険しいものでした。オーディションに落ち続ける日々が続き、世間的な知名度はなかなか上がらない苦闘の20代が幕を開けます。
そんな彼にとって大きな転機となったのが、2005年から出演した『ミュージカル・テニスの王子様』(通称・テニミュ)でした。氷帝学園の天才プレイヤー・忍足侑士役を射止めた斎藤は、原作ファンの期待を遥かに超えるビジュアルの再現度と、艶のある低音ボイス、色気あふれる眼鏡姿で客席を熱狂させました。現在でも「テニミュ初代氷帝の忍足は伝説」と語り継がれており、当時の舞台映像やブロマイドは2.5次元カルチャーの歴史における至宝として扱われています。
しかし、当時の2.5次元舞台は現在のような巨大エンタメ産業ではなく、舞台で熱狂的な支持を集めても地上波テレビドラマの主要キャストへ直結する時代ではありませんでした。テニミュのステージを降りれば、現実は依然として厳しい下積み生活が続いていました。テレビ特番のインタビューや自著などで本人が明かしたところによると、20代半ばを過ぎても新聞配達や引っ越し業者などの肉体労働アルバイトを掛け持ちし、家賃の支払いに追われる日々を送っていたといいます。
「同世代の俳優たちが次々と脚光を浴びていく中、自分は現場の端役ばかりで、明日の暮らしすら見えない」。当時の手記や対談で語られたその生々しい葛藤は、決して器用ではなかった彼が、いかに長い潜伏期間を耐え忍んできたかを物語っています。