西部邁はなぜ多摩川で自裁したのか?死の真相と東大辞任劇を検証

西部邁はなぜ多摩川で自裁したのか?死の真相と東大辞任劇を検証

西部邁はなぜ多摩川で自裁したのか?死の真相と東大辞任劇を検証とはどんな影響があるのか? 詳しい意味を簡潔に解説します。

西部氏はなぜ「自ら命を絶つこと」をこれほどまでに望んだのでしょうか。その根底には、一般的な絶望や突発的な衝動とは明確に一線を画す、冷徹な死生観と家族の物語が存在します。最大の転機となったのは、2012年の妻・繭子(まゆこ)氏の他界でした。 西部氏は若い頃から破天荒な生活を送り、学生運動や言論界の闘争に明け暮れていましたが、家庭にあっては妻・繭子氏に精神的・実生活的な基盤のすべてを委ねていました。その最愛の妻が重い病の末に先立つと、西部氏の心には埋めようのない空洞が生じました。著書『妻と僕』でも吐露されているように、妻の看病と死を通じて「死」という現象が極めて身近で現実的な課題へと変貌したのです。 さらに追い打ちをかけたのが、自身の身体の急激な老化と機能不全でした。頸椎症性脊髄症などを患い、手足にしびれや麻痺が生じたことで、原稿用紙にペンを走らせることも、自らの足で歩くことすら覚束なくなっていきました。言論人として「言葉を紡ぎ、論理を戦わせる」ことによって自らの存在証明を果たしてきた男にとって、知性の減退や他者に排泄や食事の世話を委ねる依存状態は、何よりも耐え難い屈辱でした。 「人間は単に生物学的に生き延びればよいのではない。自らの品格と精神を保てる限界において、自らの意志で生を完結させる権利がある」 西部氏が生前、テレビや活字メディアで繰り返し語っていたこの哲学は、仏教的な「自害」や近代法的な「自殺」ではなく、古代ギリシャの哲学者や日本の武士道に通じる「自裁(自らを裁く)」という概念でした。社会福祉や延命医療に依存し、醜態をさらして生き長らえることを徹底して拒絶した結果が、多摩川の水面へと向かう選択だったのです。

山本 拓海
著者

山本 拓海

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。