1991年、吉本興業は東京進出を本格化させるため、若手芸人たちを集めたダンスとお笑いの融合ユニット「吉本印天然素材(通称・天素)」を結成します。メンバーには雨上がり決死隊、ナインティナイン、チュパチャップス、FUJIWARAら錚々たる面々が名を連ね、TEAM-0もその初期中核メンバーとして抜擢されました。
天素は日本武道館を満員にするほどの社会現象を巻き起こしましたが、ここで方正は最初の大きな壁にぶつかります。他のメンバーが激しいダンスレッスンをこなす中、極度の運動音痴であった方正はステップについていけず、精神的にも追い詰められてユニットを早期脱退することになったのです。その後、相方の軌保氏との方向性の違いから1993年にコンビを解散し、ピン芸人・山崎邦正としての活動が始まりました。
ピン芸人となって以降、彼を全国区の人気者へと押し上げたのが『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』でのレギュラー起用でした。美少年アイドルの看板を完全に下ろし、「スベリ芸」「ヘタレ」「ビビり」「蝶野正洋からのビンタを受けるリアクション」という、プライドを削ぎ落とした泥臭いキャラクターを開花させます。美貌を捨てて徹底的にイジられ役に徹したことが、過酷な平成バラエティ界で30代を生き抜く強力な武器となりました。