蜷川の寵愛を受けることは、同時に計り知れないプレッシャーを背負うことでもあった。「蜷川ブランド」の看板役者として見られる目、そして何より、師匠を満足させなければならないという強迫観念。小栗は一時期、その重圧から体調を崩すほどの葛藤を抱えていたという。
しかし、その呪縛から解き放たれたのは、蜷川が晩年に見せた「弱さ」に触れた時だった。病に倒れ、車椅子に乗りながらも酸素吸入器をつけて演出を続けた蜷川。その姿を見た小栗は、師匠が闘っているのは自分たち役者ではなく、「死」というタイムリミットなのだと悟った。そこから小栗の芝居は、師に見せるためのものから、自分自身の命を燃やすためのものへと昇華していった。