大沢たかおのキャリアを振り返る際、ネット上では「トップモデルから華麗にトレンディドラマの主役へシフトした成功者」と要約されがちですが、これは明らかな事実誤認です。実際の俳優転身期には、モデル出身者特有の厳しい偏見と過酷な下積みが存在しました。
1990年代中盤の日本の演劇界・テレビ界において、「モデル出身の俳優」に対する評価は決して好意的なものばかりではありませんでした。「顔が良いだけで演技ができない」「セリフ棒読みの格好つけ」といった色眼鏡で見られることが日常茶飯事であり、大沢たかお自身もオーディションで何十回と落選を経験しています。
さらに彼を苦しめたのが、身体に染み付いた「モデル歩き(キャットウォークの癖)」でした。衣服を美しく見せるための洗練された歩行やポージングは、日常をリアルに生きる人間を演じるドラマの現場では不自然なノイズとなります。彼は監督から「モデルの動きを捨てろ」と厳しく指導され、立ち止まり方や視線の配り方に至るまで、自らの身体感覚を徹底的に解体し再構築することを余儀なくされました。
1995年の大ヒットドラマ『星の金貨』で聴覚障害を持つ主人公を支える医師役を演じ、日本アカデミー賞をはじめとする数々の賞を受賞するに至るまでの数年間は、過去の栄光をかなぐり捨てて演劇の基礎と格闘した泥臭い潜伏期間だったのです。