1928年(昭和3年)2月29日、兵庫県神戸市で生まれた兼高さんの本名は「兼高ローズ」(日本名:兼高かおる)です。国籍は日本であり、少女時代は東京の落ち着いた環境で育ちました。
名門校として知られる香蘭女学校を卒業後、第二次世界大戦後の混乱期を経て、1954年にはアメリカのロサンゼルス市立大学へ留学。まだ一般の日本人が海外渡航すら自由にできなかった時代に単身で海を渡り、ジャーナリズムと語学を徹底的に学びました。
実家が経済的に極めて恵まれた名家であっただけでなく、母親の「女性であっても一人の人間として自立し、教養を身につけるべき」という進歩的な教育方針が、兼高さんのフロンティア精神を後押ししました。帰国後は外国人観光客向けの英字紙などでフリーライターとして活動を開始し、その類まれな美貌と語学力、行動力がテレビ関係者の目に留まることとなります。