そこで浮上するのが、語源学・言語学の視点から支持を集める複数の日本語独自説だ。代表的なのが「背幅が広い服」を略して「背広」と呼んだとする説である。従来の和服は平面裁断であり、背縫いが中央に通る構造を持つ。対して西洋のジャケットは立体裁断で作られ、背面の布地が広くゆったりと取られていた。当時の人々がその外見的特徴を直感的に「背が広い上着=背広」と名付けたという解釈は、極めて自然だ。
さらに、市民服を意味する英語の「civil clothes(シビル・クローズ)」がなまったとする説も根強い。軍服が洋装の主流だった時代、一般市民が着用する平服を区別するために「シビル」が「シビロ」へと変化し、そこに「背広」の漢字が当てられたという見解だ。音と意味の両面から漢字が当てはめられた「当て字文化」の産物と捉えるのが、現在の服飾史研究において極めて有力な見立てとなっている。