かつてゼロ年代後半に一世を風靡した『らき☆すた』が確立した空気系、いわゆる日常系アニメの文法は、キャラクターの愛らしさと何気ない会話劇のループを至上命題としていた。しかし本作はその様式美を逆手に取る。
批評家の東浩紀がかつて論じた「データベース消費」の枠組みを引用するまでもなく、記号化されたキャラクターたちが自らの虚構性に気づき、生身の葛藤に喘ぐ姿は、サブカルチャーの歴史における大きなパラダイムシフトを告げている。記号への耽溺を許さない過酷な展開は、かつての美少女コンテンツを消費し尽くした世代に強烈なカウンターパンチを浴びせた。