司法の場では有罪となった西山氏ですが、歴史の法廷における評価は2000年代に入って劇的に覆ることになります。アメリカ側で外交文書の機密解除期限(30年ルール)が到来したことで、沖縄密約事件 真相を証明する決定的証拠が白日のもとに晒されたのです。
2000年以降、米国公文書館で発見された機密指定解除文書には、当時の吉野文六外務省アメリカ局長とスナイダー米公使の間で交わされた、400万ドルの肩代わりを明記した覚書がはっきりと残されていました。さらに2006年には、交渉当事者であった吉野文六元局長本人が「密約は存在した」と実名で証言。日本政府が国民に対して長年つき続けてきた嘘が、客観的証拠によって完全に暴かれた瞬間でした。
西山氏が報じたスクープの内容は100%真実であり、国家が不都合な真実を隠蔽するために一人の記者を権力で押し潰した構図が、公文書によって証明されたのです。