そもそも彼の原点は、旅回りの一座として全国を巡った大衆演劇にある。父・梅沢清が旗揚げした梅沢富美男劇団の舞台で育ち、妖艶な「下町の玉三郎」として女形で一世を風靡した。劇場を埋め尽くす熱狂的なファンを虜にしたその色気と立ち居振る舞いは、過酷な下積み時代に磨かれたものだ。
1982年にリリースされた大ヒット曲『夢芝居』によって、その名は全国区へと轟く。演劇界の異端児から一躍、日本中が知るスターへ。歌、芝居、踊りの三拍子が揃った本物のエンターテイナーとしての地力があるからこそ、私生活の破天荒さも芸の一部として受け入れられてきた側面がある。