手記『絶歌』の記述は、社会問題・心理学の専門家たちにとっても大きな考察の対象となった。青年の過酷な内的体験、性的サディズム、そして自己の異常性に無自覚であった少年時代の心性が細部にわたって描写されている。だが、そこに真の自己省察や遺族への真摯な贖罪が存在するのかについては、専門家の間でも評価が大きく分かれている。
文章に見られる過度に装飾された自己美化や自己弁護の文脈は、一部の心理学者から「自己愛的な防衛機制のあらわれ」と指摘された。自らの犯した罪の重さを直視するのではなく、文学的な表現に逃避することで存在を肯定しようとする歪んだ心理構造が、行間から滲み出ているという見解だ。