彼女の音楽的キャリアを語る上で欠かせないのが、プロデューサーでありエイベックス会長の松浦勝人の存在だ。激動の90年代末から2000年代にかけて、日本の音楽産業の頂点へと駆け上がった二人の絆は、単なるアーティストとプロデューサーの関係を超えたものとして知られている。
自伝的ドキュメンタリー要素を含んだ作品『M 愛すべき人がいて』でも描写された通り、爆発的な大ヒットの裏側には、常に孤立無援のプレッシャーと身体の悲鳴が存在していた。過酷なツアー日程の中で耳の異変に苦しむ彼女を、エイベックスのスタッフ陣と松浦は全面支援。音響環境の再構築や、ステージ上の照明・ポジショニングの再設計を行い、彼女が歌うための環境を整え続けた。この強いパートナーシップこそが、危機的な状況下でも彼女をシーンの第一線にとどめさせた原動力である。