長年、徳川綱吉は「犬を人間以上に優遇し、庶民を苦しめた暗君」と見なされてきた。だが、当時の幕府公式記録や裁きの日記を丹念に紐解くと、全く異なる風景が立ち現れる。綱吉が真に狙っていたのは、単なる動物の愛護にとどまらない。その本質は、戦国時代から100年以上続いていた「命を軽視する風潮」の根絶であった。
当時の社会には、辻斬りや捨て子、行倒れた病人の放置が日常茶飯事として残存していた。武力で天下を収める武断政治から、学問と道徳で治める文治政治への転換。綱吉はこの大改革を断行するため、法という強烈な強制力を用いて「生命の尊厳」を人々に叩き込もうとしたのだ。結果として出された生類憐れみの令は、日本史上初の大規模な道徳啓発・人道保護政策であった。