結論から言えば、現代の標準イタリア語において「Di molto(ディ・モールト)」を単体で感嘆詞として使うのは文法的に自然ではない。英語で言えば、素晴らしい出来事に対して「Of very!」と叫んでいるような違和感に近い。通常、「非常に良い」と言いたいのであれば「Molto bene(モルト・ベーネ)」や最上級の「Benissimo(ベニッシモ)」を用いるのが一般的だ。
しかし、文法上の誤用疑惑だけで片付けるのは早計に過ぎる。イタリア語の歴史を遡ると、トスカーナ方言や古典文学の文脈において「di molto」が強調の副詞句として使われていた記録は確かに存在する。文法的な厳密さよりも、耳に残る響きの鋭さやリズムを優先する荒木飛呂彦の言語センスが、奇妙なリアリティをキャラクターに吹き込んだ結果と捉えるのが自然だろう。正しい文法を知る現地ネイティブが思わず首を傾げつつも笑ってしまう、その絶妙なズレこそがカルト的人気の原動力となっている。