中山律子の若い頃の軌跡は、まさに高度経済成長期の日本が放った熱気そのものでした。北海道・札幌育ちの彼女は、OL生活を経てボウリングの世界に飛び込み、1969年に日本女子プロボウラーの第1期生(ライセンスNo.2)としてプロテストに合格します。
決定的な瞬間が訪れたのは、1970年8月21日。東京・府中ボウルで開催された「月例チャンピオン大会」の決勝トーナメント準決勝でした。NET(現テレビ朝日)系列で全国生中継されるなか、第1フレームから完璧なポケットヒットを連発。張り詰めた静寂のなかで投じられた第10フレーム第3投が見事に10本のピンを弾き飛ばした瞬間、女子公式戦史上初のテレビ中継パーフェクトゲーム(300点満点)が達成されました。
当時、日本中がこの奇跡的な映像に熱狂し、街のボウリング場には数時間待ちの行列ができました。その圧倒的な実力と清純な美貌に目をつけたのが大手消費財メーカーの花王です。起用された花王フェザーシャンプーのテレビCMでは、ミニスカートのユニフォーム姿で軽やかに会釈し、「さわやか律子さん」のキャッチコピーとともに登場。レコード盤『さわやか律子さん』がリリースされるなど、アスリートの枠を完全に超えた時代のアイコンへと登り詰めました。