93回も引っ越しをした北斎ですが、実は行動範囲そのものは極めて限定的でした。晩年に招かれた信州小布施(長野県)などを除けば、転居先のほとんどが生まれ故郷である武蔵国葛飾郡本所割下水(現在の東京都墨田区亀沢周辺)を中心とした下町エリアに集中しています。
【北斎の主な住居エリアの変遷】
・本所・両国・亀沢周辺(墨田区):生涯の大半を過ごしたホームグラウンド。数多くの借家を転々とする。
・浅草・寺町周辺(台東区):浅草寺の門前町や長屋に寄宿し、庶民のエネルギーをスケッチ。
・信州小布施(長野県):晩年の80代、豪商・高井鴻山を頼り滞在。屋台天井絵などを執筆。
現在、生誕地近くに建てられたすみだ北斎美術館の周辺は、北斎が何度も行き来した路地や借家跡が密集するエリアです。遠くへ移住したかったわけではなく、「いつもの慣れ親しんだ下町の中で、ただ散らかった部屋をリセットしたかっただけ」という事実が浮き彫りになります。