柳葉一家を語る上で最大の転機となったのが、秋田県大仙市(旧西仙北町)への生活拠点の完全移住です。長女が小学校に入学するタイミング(2006年頃)を見据え、柳葉氏は生まれ故郷である秋田での子育てを強く望みました。
しかし、静岡や東京の都会的な環境で生まれ育った裕子夫人にとって、豪雪地帯である秋田への移住は決して簡単な決断ではありませんでした。縁もゆかりもない寒冷地での生活、閉鎖的になりがちな地域コミュニティへの適応、そして夫が仕事のたびに東京へ単身出張するという生活スタイルに対する不安は計り知れないものがありました。
柳葉氏は「四季の移ろいを肌で感じ、泥だらけになって遊ぶ泥臭い人間力を子どもたちに身につけさせたい」という自らの教育哲学を真摯に語り続けました。裕子さんもその情熱と家族への深い愛情を理解し、「子育てのメインステージを秋田に置く」という一大決断を受け入れたのです。