八角理事長を語る上で欠かせないのが、現役横綱・北勝海信芳としての輝かしい足跡です。北海道広尾町出身の保志信芳少年は、先代九重親方(第41代横綱・千代の山)にスカウトされ入門。同郷の大横綱・千代の富士の猛烈な稽古相手として鍛え上げられ、「花のサンパチ組」(昭和38年生まれの精鋭たち)の筆頭格として台頭しました。
身長181cm、体重151kgと横綱としては決して大柄ではなかったものの、低く鋭い立ち合いからの「押し出し」と「右四つ・寄り」を武器に土俵を席巻。公式記録における生涯戦歴は591勝286敗109休(79場所)、幕内戦歴465勝206敗109休(52場所)、幕内最高優勝8回という不滅の金字塔を打ち立てました。度重なる左肩の脱臼や筋肉断裂に苦しみながらも、不屈の闘志で土俵に上がり続けた姿は、往年の相撲ファンの胸に深く刻まれています。
1992年の現役引退後は年寄・八角を襲名し、翌1993年に九重部屋から独立して八角部屋を創設。元関脇・隠岐の海(現・君ヶ濱親方)や元関脇・北勝富士をはじめとする数多くの関取を育成し、角界屈指の名門部屋へと育て上げました。その陰には、部屋の「おかみさん」として弟子たちの生活指導や健康管理を支え続けた妻の献身的な存在があったことも広く知られています。