織田信長による比叡山焼き討ち(1571年)以降、約450年間の歴史の中で千日回峰行を満行した者はわずか50人程度にとどまります。さらに第二次世界大戦以降の達成者は14人のみという極めて狭き門です。
その歴代満行者の中でも、ひときわ異彩を放ち伝説として語り継がれているのが、酒井雄哉(さかい ゆうさい)大阿闍梨(1926〜2013)です。酒井大阿闍梨は、戦後の混乱期の中で予科練、戦後の事業失敗、最愛の妻の自殺という壮絶な挫折と苦悩を経験し、39歳という異例の遅さで比叡山にて出家しました。
酒井氏の驚嘆すべき点は、千日回峰行を史上稀に見る「2回満行(二度達成)」したことにあります。1度目の満行(1980年)を果たした際、54歳という当時の最高齢記録を樹立。しかし、満行からわずか半年後、「まだ仏道のご恩を返しきれていない」「1回目は自分のための行だった。2回目は人々の苦しみを背負うための行をしたい」として再び千日の行に入り、1987年に60歳で2度目の満行を成し遂げました。
酒井大阿闍梨が生前遺した「一日一生(いちにちいっしょう)」「今日一日を一生と思って精一杯生きれば、過去にクヨクヨすることもなく、未来を思い煩うこともない」という言葉は、多くの迷える現代人の心の支えとなり続けています。
また、平成から令和の時代において法灯を継承している満行者として著名なのが、2009年に戦後13人目として満行を達成した光永圓道(みつなが えんどう)大阿闍梨です。光永大阿闍梨は満行後、比叡山無動寺谷弁天堂の輪番などを務め、現在も日々訪れる参拝者に向けて加持祈祷を行い、混迷を極める現代社会において仏教の慈悲と実践の教えを精力的に説き続けています。直近では釜堀浩元大阿闍梨(2017年満行)など、次の世代へとその過酷な伝統は脈々と受け継がれています。