国立工芸館のルーツは、1977年に皇居の北側に位置する北の丸公園内で開館した「東京国立近代美術館工芸館」にあります。約40年にわたり首都・東京で近現代工芸の発信拠点を担ってきた国立文化機関が、地方へ移転した事例は日本の憲政史上初であり、文化政策の歴史的な転換点となりました。
移転を決定づけた最大の引き金は、2014年以降に政府が強力に推進した「政府関係機関の地方移転方針」です。東京一極集中の是正と地方創生を掲げた中央政府の公募に対し、石川県と金沢市は官民一体となった強力な誘致活動を展開しました。報道各社の記録や自治体の公表資料を検証すると、移転の背景には単なる政策的号令にとどまらない、金沢ならではの圧倒的な受入環境が存在していたことが分かります。
金沢は前田家による加賀百万石の時代から、戦災を免れながら金沢漆器、加賀友禅、九谷焼、金箔といった最高峰の工芸技術を育んできた「工芸王国」です。人間国宝(重要無形文化財保持者)の輩出密度も全国屈指であり、工芸が住民生活や地域産業と深く結びついています。単に施設を移すだけでなく、移転先の地域社会が工芸を理解・保存・発展させうる生態系を有しているかどうかが、文化庁や国立美術館関係者の心を動かした決定打でした。
さらに、自治体側の財政・インフラ面での破格の支援策も移転を後押ししました。石川県と金沢市は、約3,800点におよぶ国立工芸館の所蔵品のうち、約7割にあたる2,700点以上の受入れに合わせ、展示棟・収蔵庫の建設費や文化財移築費用の大半を負担。兼六園に隣接する文教地区「金沢 本多の森」の県有地を無償提供するという極めて踏み込んだ覚悟を示したのです。地方の強固な意志と文化的必然性が結実した結果が、現在の金沢・国立工芸館の姿です。