発端は1940年代、日本医科大学皮膚科の教授であった丸山千里博士が皮膚結核やハンセン病患者の病態を精緻に観察していた日々に遡る。博士は、結核菌に感染している患者にはがんの発生率が著しく低いという疫学的な事象に直観的な着想を得た。そこから抽出・精製されたのが、結核菌死菌抽出物(SSM)である。
当時の医学界において、免疫の力でがんに対抗するという「がん免疫療法」の発想は荒唐無稽な異端視を免れなかった。腫瘍を外科手術で切り取るか、強力な毒性を持つ化学療法で叩き潰すことこそが治療の主流だったからだ。丸山千里博士は私財を投げ打ち、周囲の嘲笑を浴びながらも患者一人ひとりに無償でワクチンを投与し続けた。その遺志は息子の丸山茂氏をはじめとする後継者たちへと引き継がれ、今日まで日本医科大学ワクチン療法研究施設を拠点とした地道な活動が継続されている。