脳科学辞典や主要医学論文で長年検証されている通り、統合失調症の陽性症状(幻覚・妄想・思考の解体)に深く関与しているのがドーパミン神経系の異常興奮です。ドーパミンは本来、人間が意欲を燃やし、目標を達成し、生存に必要な報酬を学習するために不可欠な神経伝達物質です。しかし、脳の中脳辺縁系と呼ばれる報酬・情動回路においてドーパミンが過剰分泌されると、知覚と認知のプロセスに致命的なバグが生じます。
この現象を神経精神医学では「異常な顕著性(Aberrant Salience:アバレント・サリエンス)」と呼びます。健常な脳であれば、街中の話し声や換気扇のモーター音、すれ違う人の視線といった日常の些細な情報は「無意味な背景ノイズ」として無意識にフィルタリングされます。ところが、ドーパミンが過剰に放出されると、脳はあらゆる些細な刺激に対して「極めて重大で特別な意味がある」と誤認してしまいます。
街ですれ違った人物の咳払いを「自分を標的にした暗号」と解釈したり、壁のシミが「監視カメラの隠し場所」に見えたりするのは、脳が異常な警報シグナルに辻褄を合わせようと後付けのストーリーを構築するためです。これが妄想の発生メカニズムです。さらに、脳内の内言語(頭の中の独り言)に過剰な顕著性が付与され、外部から聞こえる他人の声として知覚される現象が幻聴の正体です。つまり、幻覚や妄想は本人の性格の歪みから生じるのではなく、ドーパミンの暴走によって脳の検索・意味づけエンジンが誤作動を起こした直接的結果に他なりません。