消防士の離職理由や現場からの悲鳴を調査すると、体力的な消耗以上に「精神的な負荷」が上位に挙がります。いわゆる消防士きつい理由の核心にあるのが、凄惨な事故現場や焼死体、小児の心肺停止事案などに直面した際に生じる「惨事ストレス(Critical Incident Stress)」です。
心理学・災害精神医学の研究において、惨事ストレスは防衛本能として誰もが経験する正常な反応とされています。しかし、感情を押し殺して職務を完遂し続けた結果、フラッシュバック、睡眠障害、うつ症状などを発症するリスクが常に隣り合わせにあります。かつての消防現場では「男なら気合で耐えろ」「弱音を吐くな」という昭和的な体育会系カルチャーが主流でしたが、現在ではCISM(惨事ストレスマネジメント)や専門カウンセラーによるデブリーフィング(心の整理の対話)の導入が必須の安全管理として進められています。
また、消防署という閉鎖空間で24時間を寝食共にする「濃密な人間関係」も、人によっては大きなストレス要因となります。階級制度による絶対的な上下関係が存在するため、パワハラ防止や心理的安全性の確保に向けたコンプライアンス改革が各本部で叫ばれている最中です。
それでも多くの隊員がこの職務に留まり続けるのは、他では得られない強烈な消防士やりがいが存在するからです。「心肺停止だった患者の心拍が現場で再開した瞬間」「火災現場から無事に逃げ遅れた方を救い出し、家族から涙ながらに『ありがとう』と頭を下げられた瞬間」――人間の生の極限に立ち会い、直接的に誰かの命を救ったという実感は、あらゆる苦痛を凌駕する職業的誇り(プロフェッショナリズム)となっています。