梅宮アンナさんが一般男性との結婚を発表したのは2001年6月のことでした。お相手は当時「飲食店などを手掛ける青年実業家」と報じられた千葉貴史氏(仮名・報道ベース)です。交際開始からわずか数ヶ月での電撃婚であり、同時に妊娠数ヶ月であることも明かされたいわゆる「授かり婚」でした。
当時、日本中を巻き込んだ羽賀研二氏との泥沼の破局劇から間もない時期であったため、父である故・梅宮辰夫さんも一度は安堵の表情を見せ、娘の新たな门出を祝福しました。2002年1月には待望の第1子となる長女・百々果(ももか)さんが誕生し、一見すると順風満帆な家庭生活がスタートしたかのように見えました。
しかし、その結婚生活は長くは続きませんでした。長女の誕生からわずか1年余り、結婚から数えて1年5ヶ月後の2003年2月に正式な離婚が成立します。世間からは「あまりにも早すぎるスピード離婚」として大きな驚きをもって受け止められました。
梅宮アンナさんは後に自著や独占インタビューの中で、婚姻生活における違和感について率直に振り返っています。実業家と称されていた元夫でしたが、結婚後すぐに定職に就いていない実態や、家庭を顧みない生活態度が露呈。産後間もない時期から彼女自身が一家の家計や育児の全責任を背負わされる構造に陥っていたことが、破局への決定打となりました。