19世紀末から20世紀初頭にかけて、大挙してアメリカへ移住したイタリア系移民の中にマフィアの種が持ち込まれました。彼らを急成長させた最大の契機が、1920年に施行された「禁酒法」です。
酒の製造・販売が違法化されたことで、闇酒の密造・密輸市場に巨額の富が転がり込みました。この時代にシカゴの暗黒街を牛耳ったのが、伝説的なボスであるアル・カポネ(Alphonse Capone)です。
カポネは「シカゴ・アウトフィット」を率い、年間数千万ドルとも言われる莫大な酒密輸利益を獲得。敵対勢力を冷酷に殲滅する一方で、スープキッチン(無料給食所)を開設して市民の人気取りを行うなど、計算高いメディア戦略を展開しました。しかし、数々の殺人や暴力事件では証拠を残さず逮捕されなかったカポネも、1931年に連邦捜査当局により「脱税」の容疑で起訴され、懲役11年の実刑判決を受けて失脚することになります。
一方、ニューヨークでは流血の派閥抗争(カステランマレーゼ戦争)を経て、ラッキー・ルチアーノが主導して組織の近代化が進められました。彼は無益な抗争を避けるため、全米のマフィアを統括する合議制機関「コミッション(全国委員会)」を設立。ニューヨークを「5大ファミリー」(ボナンノ、コロンボ、ガンビーノ、ジェノヴェーゼ、ルッケーゼ)に分割統治させる体制を確立し、アメリカにおけるマフィアの黄金期を築き上げました。