この歴史的なチャイムコードを生み出した緊急地震速報チャイム作成者は、音響工学および福祉工学の世界的権威である伊福部達(いふくべ とおる)東京大学名誉教授です。彼がこの音の開発を依頼されたのは、2007年10月の緊急地震速報の一般運用開始に向けた準備段階のことでした。
伊福部教授は、映画『ゴジラ』のテーマ曲で知られる世界的作曲家・伊福部昭(いふくべ あきら)氏の実の甥にあたります。伊福部達氏は叔父が遺した音楽理論や民族音楽の旋律構造を深く理解しており、その知見を科学的な音響設計へと惜しみなく投入しました。開発時に課された条件は、極めて厳格なものでした。
第一に「周囲の生活音に埋もれず、高齢者などの難聴者にも確実に聞こえること」。第二に「就寝中の人を数秒以内に確実に起こすこと」。そして第三が最も難関であった「恐怖で立ちすくませたり、パニックを起こして窓から飛び降りさせたりしないこと」です。伊福部教授は自著や当時の取材記録において、「恐怖感を極限まで煽るブザー音にすれば人は気づくが、パニックを起こす危険がある。音楽的でありながら心地よさを排除し、即座に行動を促す絶妙な境界線を探り続けた」と振り返っています。
研究室では300種類以上の試作音が作成され、脳波測定や心拍変動、心理テストによる徹底的な被験者実験が行われました。その結果、5つの異なる音階(和音)が順に立ち上がり、減衰しながら空間に広がるあのシークエンスが選ばれました。高い倍音を豊富に含む鐘のような音色は、寺院の鐘の音から着想を得たとも語られており、日本人のDNAに深く刻まれた無常観と警戒心を呼び起こす構造になっています。