大久保を暗殺した直後、島田一郎らはそのまま自首し、あらかじめ認めていた犯行声明文である「斬奸状(ざんかんじょう)」を明治政府へ差し出しました。この斬奸状には、大久保を中心とする政府首脳の罪状として以下の「五罪」が激烈な言葉で並べ立てられていました。
- 第一の罪:国是を一定せず、国民の意図を惑わしていること
- 第二の罪:法令の朝令暮改が甚だしく、政府の都合で法を乱していること
- 第三の罪:民力を無視して無益な洋風土木事業を乱発し、財政を疲弊させていること
- 第四の罪:忠直の士を排斥し、国家の屋台骨を揺るがしていること
- 第五の罪:公論を封殺し、特定の藩閥官僚だけで権力を牛耳る「有司専制」を行っていること
この斬奸状の内容が新聞などで漏れ伝わると、当時の世論は複雑な反応を示しました。士族特権を失って困窮していた全国の旧武士層や重税に苦しむ豪農たちの間では、テロという手段そのものは恐れつつも、「島田一郎らの言い分には一理ある」と密かに喝采を送る声が少なくありませんでした。当時、暗殺犯たちを義士として称える風潮すら一部で生まれ、政府は厳しい新聞紙条例を用いて報道統制を敷かなければならないほどでした。
「私利私欲の独裁者」という歴史的誤解の是正
しかし、斬奸状が糾弾した「私腹を肥やす奸臣」という大久保像は、完全な事実誤認でした。大久保が急逝した後、政府関係者が遺産整理を行ったところ、大久保の個人資産には莫大な富どころか、約8,000円(現在の貨幣価値にしておよそ2億〜3億円相当)の巨額の借金が遺されていたのです。
調査の結果、この巨額の負債は、福島県の安積疏水(あさかそすい)事業や各地の港湾整備、士族授産事業など、国の予算だけでは追いつかない近代化インフラの整備費用を、大久保が自らの個人名義で借金して補填していたものでした。大久保は国家のために私財を完全に使い果たしており、私邸すら人手に渡りかねない状況でした。真相を知った明治政府は、大久保の遺族が路頭に迷わないよう、公金から救済金を拠出して負債を清算したほどです。大久保は私利私欲のために権力を握っていたのではなく、まさに国家建設の捨て石となる覚悟で独裁を振るっていたのでした。