ネット上の掲示板やSNSでは、出田選手のキャリアについて一部で「若い頃は才能がなかったのではないか」「階級の層が薄かったから勝てただけではないか」といった誤解交じりの声が散見されます。しかし、現場の取材データを検証すると、実態は全く異なります。
第1に、出田選手は20代の頃から日本ランカークラスの実力を有しており、新人王トーナメントでもトップクラスの評価を得ていました。戴冠までに時間を要した最大の要因は、才能の多寡ではなく「拳の負傷」や「ジム移籍に伴うブランク」、そして重量級ならではのマッチメイク難航にありました。
第2に、彼が制した日本スーパーウェルター級戦線は決して平坦ではありませんでした。初防衛戦で対戦した中島玲選手をはじめ、新進気鋭の若手テクニシャンたちが虎視眈々とベルトを狙う中、出田選手は真っ向勝負の接近戦で防衛を果たし、その実力がフロック(偶然)ではないことをリング上で証明してみせました。
「運だけで38歳が日本チャンピオンになれるほど、プロボクシングの世界は甘くない」。これは当時の関係者・解説陣が口を揃えて語った共通の評価です。