高屋敷稲荷神社の象徴といえば、丘陵の斜面に沿ってどこまでも続くかのように立ち並ぶ朱色の鳥居です。青空と周囲の緑、そして鮮やかな朱色のコントラストは息をのむ美しさを誇りますが、この景観は単なる観光向けの見所として整備されたものではありません。
鳥居がこれほどまでに連なっている決定的な理由は、江戸時代から現代に至るまで、「願いが叶った参拝者による御礼の奉納」が途切れることなく積み重なってきた歴史にあります。古くから稲荷信仰には、神仏に願いを立てて祈願し、それが成就した際に感謝の印として鳥居を奉納する「願解(がんほどき)」の習俗があります。事業の成功や難病の治癒、家内安全を祈願した人々が奉納を重ねた結果、参道を埋め尽くす現在の壮観な鳥居群が形成されました。
神社の歴史は享保年間(1716〜1736年)にまで遡ります。当時、全国を襲った享保の大飢饉において、この地も深刻な食糧難に直面しました。その際、村の篤農家のもとに現れた白狐が作物の育て方や危機を乗り越える知恵を授け、村人たちを飢餓の淵から救ったという「白狐伝説」が語り継がれています。この奇跡に深く感謝した領主や農民たちが、京都の伏見稲荷大社より御分霊を勧請して創建したのが高屋敷稲荷神社の始まりです。その後、山階宮家からの篤い信仰を受けるなど、格式高い霊場として広く名を知られるようになりました。