「健康診断でHbA1cが6.8%だったが、医師から『高齢期なので今のところ薬で無理に下げる必要はない』と言われた」というケースは珍しくない。現役世代であれば厳格なコントロールを求められる数値であっても、高齢層では容認される場合がある。これには、加齢に伴う身体機能の変化と重大なリスク管理が直結している。
日本糖尿病学会および日本老年医学会が合同で策定した「高齢者糖尿病の血糖コントロール目標」では、65歳以上の高齢者に対して画一的な目標を設定せず、患者の認知機能、日常生活動作(ADL)、併用薬剤の種類に応じて目標値を「7.0%未満〜8.5%未満」まで幅広く設定している。さらに、低血糖リスクを伴う薬剤(インスリン製剤やSU薬など)を使用している場合には、「下限値(6.5%〜7.5%)」が明確に設けられている。
目標値が引き上げられる決定的な理由は、「厳格すぎる血糖降下治療が引き起こす重篤な低血糖の回避」にある。加齢とともに自律神経の働きが鈍くなると、発汗や動悸といった低血糖の初期症状(警告症状)に気づきにくくなる「無自覚性低血糖」に陥りやすい。その結果、気付かないうちに重篤な意識障害を起こし、転倒による大腿骨骨折や頭部外傷を招いて寝たきり状態に至る事故が多発している。
さらに近年の臨床研究では、頻回な重症低血糖が脳の神経細胞にダメージを与え、認知症の発症や進行を著しく加速させること、心血管疾患による死亡リスクを高めることが明らかになっている。合併症を防ぐために数値を下げようとした結果、かえって生命や生活の質(QOL)を脅かす事態を避けるため、高齢期には「あえて数値を緩やかに保つ」という高度な医療判断が下されている。