『ブルー・トレイン』が放つ不滅の熱量!コルトレーン唯一のブルーノート名盤の真実

『ブルー・トレイン』が放つ不滅の熱量!コルトレーン唯一のブルーノート名盤の真実

『ブルー・トレイン』が放つ不滅の熱量!コルトレーン唯一のブルーノート名盤の真実の総合ガイドをご紹介します。役立つ情報が満載です。

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ブルーノート・レコードの歴史において、本作は極めて異例の立ち位置にあります。当時、コルトレーンはライバルレーベルであるプレスティッジ(Prestige Records)と専属契約を結んでいました。それにもかかわらず、なぜブルーノートからリーダー作がリリースされたのでしょうか。

音楽史の記録や当時の関係者証言によると、その発端は1956年初頭に遡ります。まだ無名に近かったコルトレーンに対し、ブルーノートの創業者兼プロデューサーであるアルフレッド・ライオンが先払いでギャラを渡し、将来的なレコーディングを口頭で約束していました。その後、コルトレーンはプレスティッジと正式契約を交わすことになりますが、信義に厚いコルトレーンはライオンとの「紳士協定」を決して忘れていませんでした。

プレスティッジのオーナーであるボブ・ワインストックとの交渉を経て、奇跡的に1回限りのリーダーセッション許可を取り付けたライオンは、コルトレーンに破格の待遇を用意します。当時としては異例となる「有料のリハーサル期間」を数日間にわたって設け、入念なアレンジとサウンドチェックを実施。その結果、即興一発録りが通例だった当時のジャズアルバムとは一線を画す、構築美に満ちた不朽の名盤が誕生したのです。

中村 さくら
著者

中村 さくら

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。