人気絶頂のさなか、1991年に寺田はSHOW-YAを脱退する。バンドの顔であり、精神的支柱だった彼女の離脱は、ファンのみならず音楽業界全体に大きな衝撃を与えた。
脱退の理由は、音楽性の違いや精神的な疲弊など様々な憶測を呼んだが、彼女自身にとっては自己を見つめ直すための「痛みを伴う決断」だった。ソロ活動を開始したものの、かつての「SHOW-YAの寺田恵子」という巨大な看板との戦いは容易ではなかった。しかし、この雌伏の期間こそが、彼女のボーカリストとしての深みをさらに増すことになったのは間違いない。