東洋英和女学院が日本社会で確固たる「お嬢様学校」として認知されている理由には、明治初期に遡る設立のルーツが関係しています。カナダ・メソジスト教会の女性宣教師マーサ・J・カートメルによって創設された同校は、外国人居留地ではなく麻布鳥居坂の地に校舎を構え、開明的な貴族や華族、高級官僚、文化人の子女を受け入れてきました。
NHK連続テレビ小説のモデルにもなった翻訳家・村岡花子氏が『赤毛のアン』を翻訳する素養を育んだ場所としても広く知られています。また、芸能界やアナウンサー界にも数多くの卒業生を輩出しており、知性と品格を兼ね備えたOGの活躍がブランドイメージを強固なものにしています。
象徴的なのが、カナダの国樹である楓(メープル)をあしらった校章と、幾重もの歴史を重ねた濃紺のセーラー服です。校内では毎朝の礼拝が行われ、パイプオルガンの音色とともに祈りを捧げる時間が日常に組み込まれています。単に華美な生活を送る生徒が集まるのではなく、「他者のために自分を活かす」という奉仕の精神が徹底して叩き込まれる点に、同校の本質的な高貴さがあります。