東大を諦め、彼が進学先に選んだのは京都の名門・同志社大学だった。関西の自由な気風、そして歴史ある京都の街並みは、彼の独特な感性をさらに研ぎ澄ませることになる。もし彼が東大に進学し、官僚や大企業へのエスカレーターに乗っていたら、現在の「赤い悪魔」は存在しなかったかもしれない。
同志社での学生生活の中で、彼は喜劇研究会に所属し、お笑いの世界へと足を踏み入れる。東大というブランドから解放されたことで、彼は「自分が本当に面白いと思うこと」に没頭する自由を手に入れたのだ。挫折がもたらした環境の変化が、彼の隠れた才能を開花させた。