今でこそ明るいキャラクターで愛されるリリコさんですが、その生い立ちは過酷という言葉だけでは片付けられないほどの苦難に満ちていました。スウェーデン人の父と日本人の母のもと、スウェーデン・ストックホルムで生まれ育ちましたが、当時の現地社会においてアジアの血を引く子供は非常に珍しく、幼少期から陰湿ないじめの標的となりました。
さらに家庭内では、リリコさんが9歳のときに父親が家を出て両親が離婚。喘息を患っていた弟の看病を一手に引き受けながら、厳格で感情の起伏が激しかった母親との関係に苦悩する日々を送ります。居場所のなさを感じていた少女時代、唯一の心の救いとなったのが、祖母から送られてくる日本のテレビ番組や歌謡曲のビデオテープでした。日本の芸能界で歌手になることを夢見た彼女は、18歳で単身、言葉も不自由なまま祖母を頼って来日を果たします。
しかし、来日後の日本で待っていたのもまた、想像を絶する試練でした。静岡県浜松市で演歌歌手のアシスタントとして芸能活動をスタートさせたものの、事務所の資金難やトラブルに見舞われ、マネージャー兼運転手とともに「ロケバスの中での5年間に及ぶ車上生活」を余儀なくされます。スーパーの廃棄寸前の食材で飢えをしのぎ、公園の水道で髪を洗う極貧生活のなかでも、彼女は決して夢を諦めませんでした。この若い頃の筆舌に尽くしがたい下積みが、どんな現場でも物怖じしない度胸と、関わるすべての人へ感謝を忘れない人間性の土台となっています。