日本の財閥とは何だったのか?三菱三井住友の序列と解体後の真実に関する気になる情報を初心者にも親しみやすくまとめました。詳細を読もうことができます。
戦前の日本を牽引し、現代のビジネス社会にもそのDNAを色濃く残すのが「日本の三大財閥」(三菱・三井・住友)に安田を加えた「四大財閥」です。それぞれの集団は、発祥の経緯も企業風土も全く異なる独自の哲学を持っています。
財閥名発祥ルーツ・歴史的背景中核・代表企業群企業風土・組織の代名詞三菱財閥
(MITSUBISHI)土佐藩出身の岩崎弥太郎が明治維新期に九十九商会(海運業)から創業。明治政府(大久保利通ら)と結びつき急成長。三菱商事、三菱UFJ銀行、三菱重工業(御三家)、三菱地所、三菱電機など「組織の三菱」
官僚的とも評される強固な統制力と団結力、国家観を重んじる重厚長大主義。三井財閥
(MITSUI)江戸時代初期、三井高利が創業した「越後屋呉服店」(現在の三越)と両替商が起源。豪商としての350年以上の歴史。三井物産、三井不動産、三井住友銀行、三井化学、三井住友信託銀行など「人の三井」
個人の才能や自由闊達な気風を尊重。商業・金融・不動産などソフト分野に強い。住友財閥
(SUMITOMO)江戸初期、住友政友の教えと別子銅山の開発(1691年)を中核に400年の歴史を持つ世界最古級の事業集団。住友商事、三井住友銀行、住友不動産、住友電気工業、住友化学など「結束の住友」
「浮利を追わず」の家訓に代表される堅実経営。材料・素材・非鉄金属に抜群の強み。安田財閥
(YASUDA)富山出身の安田善次郎が両替商から興した金融特化型財閥。他財閥と異なり産業部門を持たず金融に集中。みずほフィナンシャルグループ(旧富士銀行)、明治安田生命、損保ジャパンなど「金融の安田」
徹底したリスク管理と金融ネットワーク。戦後は芙蓉グループの中核へ合流。
三菱財閥の歴史を辿ると、岩崎弥太郎による海運事業の独占と西南戦争での兵站輸送を契機とした爆発的成長が原点にあります。そこから炭鉱、造船、保険、銀行へと急速に裾野を広げました。官僚的で上意下達が徹底した「組織の三菱」という組織体質は、この軍事・国策との密接な連携から醸成されたものです。
一方の三井財閥は、江戸時代の「越後屋」に始まり、益田孝ら多くの傑出した民間実業家を抜擢して商社ビジネス(三井物産)を開拓しました。「人の三井」と呼ばれる通り、個人の才気と商才を尊ぶカルチャーが根底にあります。
そして住友財閥は、開坑以来280余年にわたり銅を産出し続けた別子銅山が原点です。「信用を重んじ確実を旨とし、浮利を追わず」という住友家法を現在も経営倫理の根幹に据えており、重厚な結束力と実直さを最大の強みとしています。