多くの初心者が最初に陥る錯覚が、「山手線は一周約35kmだから、時速4kmで歩けば8〜9時間で終わる」という机上の計算です。しかし、この見通しは現場の過酷な現実によって無残に打ち砕かれます。
JR東日本の公表データによると、山手線の線路の営業キロは34.5kmです。しかし、歩行者は線路の上を歩けません。線路沿いに行き止まりがあれば大きく迂回を強いられ、線路を越えるために歩道橋や地下道を上下移動する必要があります。その結果、GPSログに基づく実際の歩行総距離は40km〜45km前後まで膨らみます。これはフルマラソン(42.195km)とほぼ同等か、それ以上の距離に相当します。
所要時間についても、平坦な遊歩道とは根本的に条件が異なります。都内屈指の繁華街では赤信号で数分足止めされ、交差点や駅前広場の人混みを縫うように歩かなければなりません。駅看板の撮影や定期的な水分補給、食事、足のアイシングなどのインターバルを含めると、成人男性の健脚であっても標準所要時間は12時間〜14時間、体力に自信のない層や撮影に時間をかける場合は15時間〜17時間に達するのが現実的な数値です。
運動生理学の指標であるMETs(身体活動の強度)を用いて、体重65kgの成人が平地を時速4km(約3.5METs)で歩行・休憩を交えつつ進んだ場合を試算すると、総消費カロリーは約2,500〜3,200kcalにのぼります。これは成人男性の1日の基礎代謝を大きく上回り、成人女性の1日半分のエネルギー消費量に匹敵します。エネルギー補給を怠れば、後半に強烈なシャリバテ(低血糖による疲労困憊)を引き起こすことは明白です。