明仁上皇の人間的魅力を語る上で外せないのが、国際的にも高く評価される魚類学者としての卓越した専門性です。特にハゼ類の頭部感覚管や骨格の微細構造に関する分類学研究は世界最高水準と評され、新種ハゼの発見・命名にも複数関与されています。多忙を極めた在位中も週末や夜間の時間を惜しんで顕微鏡に向かわれ、80代後半を過ぎてからも査読付き国際学術誌に筆頭著者として論文を発表された実績は、研究者コミュニティからも惜しみない賛辞が送られています。
そして、その歩みを常に支え続けられたのが上皇后美智子さまの存在です。1959年、皇太子妃として皇室初の民間出身者となった美智子さまとともに、上皇さまは皇室の旧弊を次々と刷新されました。乳母制度を廃止して自らの手で子どもたちを育てる「手元育て」を実践し、浩宮(徳仁天皇)、礼宮(秋篠宮さま)、紀宮(黒田清子さん)の3人を温かな家庭環境の中で慈しまれました。
戦中・戦後の激動期、昭和9年(1933年)生まれの上皇さまは疎開を経験し、家庭教師エリザベス・ヴァイニング夫人から民主主義と平和の尊さを学ばれました。そうした生い立ちに根差す思索と、美智子さまとの深い相互理解が、半世紀以上にわたる公私両面の揺るぎない基盤となったのです。