2011年3月11日、巨大津波が福島第一原子力発電所を襲い、全交流電源を喪失したステーション・ブラックアウト(SBO)。免震重要棟の緊急時対策本部で指揮を執ったのが、前年6月に所長へ就任したばかりの吉田昌郎氏でした。1号機から3号機の炉心溶融(メルトダウン)が進む極限状態において、最大の焦点となったのが原子炉への「海水注入」を巡る攻防です。
3月12日夕刻、炉心を冷却する唯一の手段として1号機への海水注入が開始されました。しかし直後、東京電力本店からテレビ会議を通じて「官邸の了解が得られていないため、注水を中断せよ」との至急命令が下ります。当時、官邸にいた武黒一郎フェローからの横やりに対し、吉田所長はあらかじめ現場の注水班長に耳打ちしていました。「テレビ会議で何と言おうと、注水は絶対に止めるな」と直接指示を出していたのです。
公式のテレビ会議画面では本店に向けて「了解しました、注入を停止します」と返答しつつ、現場の実務部隊には注入を続けさせました。もしこの瞬間、本店や政治判断に従って注入を止めていれば、圧力容器と格納容器の破損がさらに加速し、東日本壊滅という破滅的シナリオに直結していた可能性がのちの解析で指摘されています。官僚的な縦割り組織と現場の物理的現実との狭間で、自らの処罰や免職を顧みず下したこの不服従こそ、現場指揮官としての真骨頂でした。