インターネット上の掲示板やSNSでは、時折「日本代表の7番はパサーがつけるべきで、ウインガーの三笘には似合わないのではないか」「なぜ三笘はクラブで愛用する22番を代表でつけないのか」といった疑問や議論が散見されます。しかし、ここにはフットボール史に関する2つの大きな盲点と誤解が存在します。
第一の誤解は、「7番は元来パサーの番号である」という認識そのものが日本独自のローカルな思い込みである点です。世界的なサッカー史を見渡せば、背番号7はマンチェスター・ユナイテッドにおけるジョージ・ベスト、エリック・カントナ、デビッド・ベッカム、そしてクリスティアーノ・ロナウドに代表されるように、伝統的に「サイドから試合を破壊するウインガーやセカンドストライカー」のエースナンバーでした。中田英寿や遠藤保仁という稀代のプレーメーカーが長年着用したことで、日本では偶然「7=中盤の底・ゲームメーカー」というイメージが定着しましたが、三笘薫が7番を背負うことこそが、むしろ国際標準への回帰と言えます。
第二の盲点は、「なぜ三笘が代表で22番を背負い続けないのか」という疑問です。三笘は川崎フロンターレ時代に三笘薫日本代表背番号としても馴染みのある「18番」を愛用し、ブライトンでは「22番」を着用しています。代表でも一時期22番を着用したことがありますが、日本代表において22番は長年キャプテンを務めた吉田麻也(さらに遡れば中澤佑二)が背負ってきた「最終ラインの重鎮ナンバー」としての系譜があります。前線の主軸として世界を相手にゴールとアシストを量産する三笘に対し、JFAと森保監督が名実ともに主役の番号である「7番」を託したのは、戦術的にもマーケティング的にも極めて必然的な判断だったと言えます。