歌謡曲が黄金期を迎えていた1970年代中盤、沢田研二は押しも押されもせぬトップアイドルであり、同時に日本のロックとポップスを革新するフロントランナーでした。そのなかで『コバルトの季節の中で』が特別な位置を占めている最大の要因は、ジュリー自身が紡ぎ出した旋律の気品と透明感にあります。
『時の過ぎゆくままに』や後の『勝手にしやがれ』に見られるような、劇的で退廃的な大人の情念とは対照的に、本作に満ちているのは爽快な初秋の風陰と、恋の始まりを告げる淡い高揚感です。ファンの間では「聴くだけで9月の澄み渡る青空と乾いた風の匂いがよみがえる」と評され、季節の変わり目に必ずリクエストが集まる風物詩となっています。
さらに、派手なメイクや奇抜な衣装で世間を挑発し続けたビジュアル・アイコンとしてのパブリックイメージから離れ、等身大のシンガーソングライターとしての瑞々しい音楽的才能がダイレクトに伝わってくる点も、目の肥えた音楽リスナーを惹きつける大きな要素です。きらびやかな虚構を演じ切るジュリーが、ふと見せた素顔の優しさと叙情性。このギャップこそが、半世紀にわたり世代を超えて愛され続ける根源的な魅力となっています。