NHK連続テレビ小説『ばけばけ』の放送によって、日本全国で小泉八雲と妻・セツへの関心がかつてない高まりを見せています。ドラマで描かれるのは、没落士族の家に生まれながらも誇り高く生きた松野トキ(セツがモデル)と、遠い異国からやってきた英語教師ヘボン(八雲がモデル)の、言葉や文化の壁を越えた魂の交流です。
セツは単なる「文豪を陰で支えた従順な妻」ではありませんでした。英語がほとんど話せないセツと、日本語が片言だった八雲は、「ヘルン言葉」と呼ばれる夫婦独自の共通言語を編み出し、セツが幼い頃から祖母や母から聞かされて育った出雲の怪談、伝説、民話を夜な夜な夫に語り聞かせました。
八雲はその語りに耳を澄まし、セツの表情や声の抑揚から情念を読み取り、それを格調高い英語文学へと昇華させたのです。長男・一雄氏の手記にも、夜遅くまでランプの灯りの下でセツが身振り手振りを交えて怪談を語り、八雲が身震いしながら筆を走らせていた異様なまでの創作現場の熱気が克明に記されています。子孫たちが今も誇りにしているのは、八雲の世界的名声の半分は、セツの豊かな感受性と語りによって紡がれたという揺るぎない事実です。