漱石のライバルとも言える明治の文豪、二葉亭四迷はツルゲーネフの小説『あひゞき』の翻訳において、ロシア語の「I am yours(私はあなたのもの)」を「死んでもいいわ」と訳しました。この情熱的で破滅的な訳と、漱石の「月が綺麗ですね」とされる静謐な訳は、しばしば対比されます。
明治という、西洋の「個人」や「愛(Love)」という概念が急激に流入してきた激動の時代。知識人たちは、それまで日本になかった「愛」という言葉をどう着地させるか、血の滲むような試行錯誤を繰り返していました。その葛藤の歴史が、これら二つの名訳(あるいは伝説)を生み出す土壌となったのです。