無敵に見えたタイソンの帝国に亀裂が入った最大の転換点は、1988年末に起きた名トレーナー、ケビン・ルーニーの解雇でした。ルーニーはカス・ダマトの愛弟子であり、ダマトの教えと緻密なトレーニングメソッドを正確にタイソンへ落とし込める唯一無二の参謀でした。
当時、巨額のファイトマネーを生み出すタイソンに接近したのが、悪名高いプロモーターのドン・キングや当時の妻ロビン・ギヴンズらでした。彼らはタイソンの周囲からダマト息のかかった古参スタッフを次々と排除。金銭トラブルや主導権争いが過熱するなか、タイソンは自身の技術的生命線であったルーニーを手放してしまいます。
ルーニーを失ったタイソンのボクシングは、目に見えて劣化していきました。厳しい反復練習が疎かになり、代名詞であった「上体を振ってかわしながら前進する」動作が消失。単調に歩いて近づき、一撃のパンチ力だけに頼る大味なスラッガーへと退行していったのです。周囲を取り囲む取り巻きたちがイエスマンばかりとなったことで、私生活も急速に乱れていきました。