市來玲奈アナの特筆すべき経歴を語る上で外せないのが、競技ダンス(社交ダンス)で培われた圧倒的な身体表現力と、それを支え抜いた家族構成の存在です。彼女の家族は父・母・本人の3人家族。一人っ子として愛情を一身に受けて育ちました。
幼少期から始めた競技ダンスの世界では、全日本クラスの大会で上位入賞を果たすほどの実力を誇っていましたが、その裏には富山県出身である実母の献身的な伴走がありました。国内外の遠征試合への帯同、手作業による煌びやかな衣装の仕立て、毎日の厳しい体重・体調管理に至るまで、母はマネージャーでありメンターでもありました。
過去のドキュメンタリー番組や手記において、市來アナは当時を振り返りながら「母の厳しくも温かい叱咤激励がなければ、挫折しそうな練習に耐えられなかった」という趣旨の告白を残しています。母娘で二人三脚の挑戦を続けてきた歴史があるからこそ、市來アナのアイデンティティの奥底には「母のルーツ=富山県」に対する特別な敬意と愛着が刻み込まれているのです。
乃木坂46の1期生オーディションに合格した際も、早稲田大学進学のためにグループ卒業を決断した際も、そして日本テレビの採用試験に挑戦した際も、母親は人生の岐路で常にアドバイザーとして寄り添っていました。視聴者やダンス界関係者が抱く「礼儀正しく芯がぶれないアナウンサー」という高評価の背景には、この濃密な家庭環境がありました。