物語を通じて、ピーターパンとウェンディの関係には終始埋まらない認識のギャップが存在していました。このすれ違いこそが、二人が恋人同士として結ばれなかった根本的な要因です。
冒頭におけるウェンディの年齢設定は12歳前後。少女から大人の女性へと移行する思春期の入り口に立っており、父親から「そろそろ子ども部屋を出て、大人らしく振る舞いなさい」と告げられた夜にピーターと出会います。ウェンディにとってピーターへの関心は、未知なる冒険への憧れであると同時に、明確なピーターパンに対するウェンディの恋愛感情の芽生えでもありました。
その象徴が、誰もが知る「キスのやり取り」です。恋を知らないピーターにキスを求められた際、ウェンディは恥じらいながら指ぬきを差し出します。対するピーターはお礼としてどんぐりのボタンを彼女の手のひらに返しました。このピーターパンとウェンディのキスとどんぐりのエピソードは、ロマンチックな小道具として語られがちですが、心理学的には「大人の性愛や恋愛感情を理解できるウェンディ」と「記号としてのゲームしか理解できないピーター」の埋めようのない断絶を暗示しています。
さらに、妖精ティンカーベルのウェンディに対する嫉妬も、この関係の歪さを際立たせます。ティンカーベルはピーターを独占したい一心から、ネバーランドに到着したウェンディを「怪鳥」と偽り、ロストボーイズに弓矢で射落とさせようと画策しました。ウェンディの胸のどんぐりが矢を弾いたことで一命を取り留めたものの、ピーターはこの命の危機に対しても単なる冒険の一幕としてしか向き合いません。ピーターがウェンディに求めていたのは対等な愛の対象ではなく、自分たちの世話をしてお話を聞かせてくれる「理想の母親(マザー)」そのものだったのです。