富士五湖の美しい水面は、太古から繰り返された富士山の激しい火山活動の賜物です。もともとこの地域には、古富士火山の北麓に大きな川や盆地が存在していましたが、度重なる溶岩流によって川がせき止められ、まず山中湖と河口湖の原型が形成されました。
決定的な地殻変動が起きたのは平安時代初期です。延暦19年(800年)の「延暦噴火」、そして貞観6年(864年)に発生した富士山史上最大規模とされる「貞観大噴火(じょうがんだいふんか)」でした。富士山西北山腹の長尾山から流出した膨大な溶岩流(青木ヶ原溶岩流)は、当時この地に広がっていた巨大な湖「せの海(剗の海)」の大半を埋め尽くしました。
この猛烈な溶岩流によって「せの海」は東西に分断され、溶岩の隙間に残された水域が現在の本栖湖・精進湖・西湖となったのです。溶岩の上に長い年月をかけて樹木が生い茂った場所が、現在の青木ヶ原樹海にあたります。
この劇的な噴火史を物語る決定的な証拠が、水面の標高です。本栖湖、精進湖、西湖の3湖は、現在でも標高約900メートル(正確には海抜900.5m前後)で完全に一致しています。目に見える川でつながっていなくとも、多孔質の溶岩地層の底深くで地下水脈が連動しており、大雨で増水すると3湖の水位が同時に上昇します。大雨が続いた際に精進湖の南東に現れる幻の池「赤池」は、地元で「富士六湖」とも呼ばれ、地下水脈の息吹を今に伝えています。