Q1:班田収授法で与えられた口分田を、他人に売ったり貸したりすることはできましたか?
A1:原則として売買は固く禁じられていました。公地公民制に基づき、田地は国家からの預かりものという位置づけだったためです。ただし、翌年の収穫期に返す約束で一時的に耕作を委託する「賃租(ちんそ)」などの貸借は一部で認められていましたが、これらが次第に脱法的な質入れや事実上の売買へと発展していきました。
Q2:なぜ6歳以上の男女が支給対象になったのですか?赤ん坊は対象外だったのでしょうか?
A2:6歳という年齢は、古代の戸籍作成サイクル(6年ごと)に密接に関係しています。乳幼児の死亡率が極めて高かった当時、生まれて間もない赤ん坊に土地を割り当てても、すぐに死亡して帳簿が破綻してしまいます。一定の生存確率が見込める6歳を足切りラインとすることで、実務上の混乱を抑える意図がありました。
Q3:墾田永年私財法が出された後、班田収授法は法律としてすぐ廃止されたのですか?
A3:即座に廃止されたわけではありません。墾田永年私財法(743年)はあくまで「新しく開墾した田地の私有」を認めた法律であり、既存の「口分田」を返還させるルール自体は並行して存続していました。しかし、私有地である荘園の拡大とともに公的な口分田の維持が困難となり、902年を最後に実質的な班田は行われなくなりました。