2002年2月に開催されたソルトレイクシティ五輪は、自国開催となった1998年長野五輪の熱狂から4年後、日本選手団がアウェーの高地で極限の重圧に挑んだ大会でした。標高約1,300メートルの高地という過酷な環境下、ソルトレイクシティ五輪の日本人メダリストたちは日本スポーツ史に深く刻まれる劇的なドラマを演じました。
長野五輪の金メダリストとして連覇の期待を背負ったスピードスケートの清水宏保選手は、腰痛や喘息の発作と闘いながら男子500mに出場。1回目に34秒61、2回目に34秒35を記録する驚異的な滑りを見せ、金メダルのケーシー・フィッツランドルフ(米国)にわずか0.03秒差まで迫る銀メダルを獲得しました。リンクに倒れ込み、すべてを出し切った姿は多くのファンの胸を打ちました。
一方、フリースタイルスキー女子モーグルでは、長野五輪金メダリストの里谷多英選手が圧巻のターンとエアを披露。予選での出遅れをものともせず、決勝で果敢な攻めの滑りを見せて銅メダルを掴み取りました。冬季五輪における日本女子選手として史上初となる2大会連続のメダル獲得という快挙は、後進のスキーヤーたちに計り知れない勇気を与えました。
日本選手団全体の獲得メダル数は銀1個・銅1個の計2個にとどまりましたが、極限の緊張感の中で掴み取ったメダルの価値は今なお色褪せません。